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過去の反タバコ運動から

ニコチンが分離、発見されたのは1828年でした。1800年代後半から1920年代になると反タバコ運動がアメリカを中心に盛んになります。新大陸アメリカを発見したコロンブスがインディアンからタバコ文化を世界中に広めたというのですから皮肉なものです。

 当時の運動は禁欲主義的、道徳的な主張をもとに運動家、教育者、女性を中心に行われていましたが医学的根拠はほとんど得られていなかったそうです。この運動は第一次世界大戦における財政難からタバコ税収の必要とともに禁酒法の廃案によって10年ほどで消滅しました。
 禁煙運動、反タバコ運動の例は他にもあります。その中でも国家全体の政策として行われたのが第二次世界大戦時のナチスドイツといわれています。

 ナチスはダーウィンの進化論を人間社会に応用した優性思想を根拠に掲げて、飲酒・喫煙をする者は国家にとって無益な存在であるとし、遺伝子に悪影響を与え、生殖に害をなし、健康を損ない国家の生産力を落とすとして大規模なスローガン、反タバコ規制を実施しました。

 個人の自由よりも健康を優先し、健康こそが義務として国家が国民の健康を管理しようとしたのです。健康で完全な人のために、不完全で悪いものを排除しようという思想は、アルコール依存症、ホームレス、精神病患者、知的障害者などの安楽死を推し進め、そしてついには狂気といえるユダヤ人の大量抹殺にまで及ぶことになりました。

 戦後の1950年以降、イギリス、アメリカで再び今度は疫学的根拠でタバコの害が公的権力でもって再燃しました。タバコ生産者へはパッケージに警告文の義務化、広告の禁止など次々に法制化されていったのです。喫煙者個人がタバコ会社に訴訟を起すようになったのもこの頃です。さらに、受動喫煙による副流煙の害や分煙が叫ばれるようになり、訴訟は個人規模から集団訴訟へと大型化し、行政による喫煙対策が求められ、2003年、遂にWHOがタバコ規制の条約を制定、日本にも批准を迫ったのです。

 日本では97年、すでに「厚生白書」によってタバコは生活習慣病として、健康を害する要因として規定され、98年、厚生省による「21世紀のたばこ対策検討会」を経て2000年、「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」と、その法的根拠としての「健康増進法」(2002年)が制定されました。


「健康を増進する」こと自体、いいことだと思いますし、抵抗はないのですが、何のために「増進」するのでしょうか?できるだけ長生きすることでしょうか?なんで長生きしなければならないことが法律にまでなるのでしょうか?そこのところをタバコの有害性も含めて国民の前で徹底的に議論し、明らかにされたのでしょうか?私には健康ブームに乗っかったうえでの嫌煙家への機嫌取りにしか思えないのです。

 もちろん、健康であるということはありがたく幸せなのですが、健康であることが国や行政機関の「押し付け」になってきているような気がするのです。


 このままだと、タバコを吸う人間は健康に悪いと知りながら、自らの健康を害するダメ人間であり、しかも周りの人間も道連れにしているトンでもない悪いやつというレッテルを貼られ、周りの人間関係が国家によって創れなくなったり、破壊されるかもしれません。

 タバコの害そのものの根拠が西谷氏らの仰る、偏った、曖昧なものならばどうなるのでしょう?国民に対して言い知れぬ犯罪行為に成りはしないのでしょうか?

 
 そうなれば、歴史的に見てナチスドイツの前例と大差ない。


神家佳秀
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