忍者ブログ

歴史にタバコの効能を学ぶ

>そもそもタバコは紀元後間もないマヤ文明から吸われている史実もあります。

タバコの歴史について調べてみました。

もっとも旧い喫煙の歴史は、紀元まもないマヤ文明=南米アンデス山脈 標高2000~3000mの高原地帯で、ボリビア南部からアルゼンチン北部と推定されています。(7世紀末ごろのマヤ遺跡のレリーフに、タバコを吸う神像(ジャガーの神)が彫刻されている)
ここで使用されていたタバコは、現在、世界でもっとも多く栽培されているたばこである、ニコチアナ・タバカムの野生種であったことが、調査でわかっています。
マヤ族は生物に生命を与える太陽を崇拝し、火や煙を神聖なものとして崇める習慣がありました。彼らは火の神を礼拝する際に、火の神の霊が宿るものとしてタバコを吸ったようです。
また、タバコは神託を与えられるとして、その火の動きや煙の形から戦の勝敗や未来の吉凶を占ったりするなど、儀式も行なわれていました。(アニミズムの一つだった)
当初タバコは嗜好品としてではなく、上のような宗教儀式的意味合いに加え病気にとりつく悪霊を取り払う治療用として考えられており、貴重な薬剤だったようです。

その後タバコ文化はマヤ文明からインカ、アステカ文明に伝えられ、南北アメリカ大陸全土に広まって行き、15世紀以降、ヨーロッパ全土へと広まります。

タバコの歴史の中で特に注目すべき点は、北米(インディアン)におけるタバコの使われ方だと思います。

彼らは仲間同士で親睦を深めるカルメット(パイプの一種)を使い、仲間と一緒に精霊と喫煙することによって政治的課題や約束事=役割や規範を分かち合ったそうです。
ここにおいてタバコは、神への捧げものとしての宗教的役割から、他者との一体感を分かち合うための道具へと進歩していったと言えます。
部族間の争いごとを治める和の儀式にもタバコが使用されています。部族の長同士が、カルメットを用い親睦を結び、争いの締結を図ったようです。

ちなみに、ヨーロッパ文化圏で、始めてタバコに触れたのは、アメリカに到達したコロンブスです。(正確にはコロンブスの部下であるスペイン人のヘレスとユダヤ人のトレス)
このとき、コロンブス一行が彼らへ友好の証として鏡や装飾品を贈ったのに対して、彼らインディアンはタバコをプレゼントし、一緒に吸うことを薦めたと記録に残っています。

このように、北米(インディアン)圏では、タバコは宗教的意味合いから、親睦=共認充足の道具の一つへと意味合いが変わっていきます。
タバコが共認充足の道具と言うと、ややトンデモ臭いですが、タバコの効能(薬効)から、医学的・科学的に仮説立てすることができます。

よく知られるように、タバコ(ニコチン)には情報伝達物質の遊離を促進する作用があります。この伝達物質には、ドーパミン(快感)・ノルアドレナリン(覚醒)・アセチルコリン(覚醒)・パゾプレッシン(記憶力向上)・セロトニン(気分転換)などがあるのですが、中でも多く遊離が促進されるのが、βエンドルフィンです。

>不全感を揚棄する為に、相手の課題=期待を自己のそれと重ね合わせ同一視することによって充足を得る回路こそ、(未解明だが、おそらくは快感物質βエンドルフィンを情報伝達物質とする)共感回路の原点である。(実現論1_4_05)

実現論に書かれているように、βエンドルフィンとは、不安感を取り除き、充足感を高める快楽物質であり、共認回路に強く連動している伝達物質です。

つまり、喫煙はドーパミンやアドレナリンなどの興奮・覚醒作用がある一方で、それにも増して、不安感を取り除き充足感を高める作用があることがわかります。よって喫煙の結果として、共認充足がより高まるとしても、何ら不思議はありません。恐らく、共認充足によるβエンドルフィンの働き+喫煙によるβエンドルフィンの働きが同時に作用し、より充足感が強まるのだと思います。

(余談ですが、たばこの吸いすぎが体によくないのは、この情報伝達物質の遊離がニコチンによって促進する状態が恒常化しすぎると、自立的な伝達物質の遊離が図りにくくなり、ニコチンに依存してしまう点にあります)

インディアンが、共認充足の道具として、さらには争いごとを治める和の儀式の道具として、タバコを活用していた背景には、このようなタバコの効能の理解があったのだと思われます。

現代社会では、たばこは「社会悪」の烙印を押され、根拠の薄いデータによって、発ガン性や体への悪影響ばかりが取り上げられ、騒がれますが、インディアンの文化に見られるように、たばこには素晴らしい効能もあるようです。(確かに過剰摂取は体に良くないかもしれませんが・・・)
一部の声の大きい抑圧団体によって、嫌煙運動が恐ろしい勢いで広まっていますが、そのような声に掻き消されて、タバコの持っている効能を追求しようともしない現代人よりも、彼ら先住民族の方がはるかに進んでいるように感じます。(さらにはどう考えても、彼らの方が健康体!)

自らはタバコを吸わないながらも、タバコについて追求してきたのですが、その中で「大きい声」に誤魔化されることなく、本質を見抜いていく必要性、そしてそれを可能にする認識の重要性をますます感じました。

参考文献:JT たばこと塩の博物館 たばこの歴史資料
     東京衛生病院 プレスセミナー資料

西谷文宏
PR

この記事にコメントする

お名前
タイトル
メール
URL
コメント
絵文字
Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
パスワード