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昭和31年版原子力白書を読んで

もう当時から、放射能汚染が起こるであろうこと、増殖型原子炉や核融合が目標であったこと、最初の予算はわずかだったが数年間で防衛費を上回るようになったこと、最初の原子力委員などの組織のメンバーが後々科学技術庁長官、経済企画庁長官、内閣総理大臣になったこと、などを概観して福島原発の戦犯が、文字通り第二次世界大戦の戦犯と重なってくることなどが分りました。

またその精神的背景には、核がないので戦争に負けた、原発がないと経済戦争に負けるというトラウマのようなものも感じられました。中曽根元総理が核武装の必要を公言していることと一致します。

大政翼賛会はまだ戦争を引きずっているのかもしれません。

一人ひとりの人物を見ると、後々、科学技術庁長官(5名)、経済企画庁長官(2名)、内閣総理大臣(1名)になっており、少なくとも80年代半ばまでは昭和30年体制が続いていたようです。80年代半ばまでに現存の原発の過半が完成または着工されています。

核商人の側から見ると、昭和30年当初から現在に至るまで元請け業者は不変です。中には、水俣病の原因企業も含まれています。クリーンエネルギーなど初めから考えられておらず、

増殖動力炉、核融合、核武装が究極の目的であり、放射能汚染の心配を早々としています。

>(3)原子力の研究開発は,その性質上不測の事態がおこる可能性が多く,機に応じて円滑な研究を進めるためには予算面において弾力性をもつものであることとすること。

>⑦ わが国における将来の原子力の研究,開発および利用については,主として原子燃料資源の有効利用の面から見て,増殖型動力炉がわが国の国情に最も適合すると考えられるので,その国産に目標を置くものとする。

>基礎的研究より始めて,国産による動力炉を建設するため必要な各段階の原子炉を国内技術をもつて建設し,これらの成果を利用して動力炉を国産することを究極的な目標とする。このため,海外の技術を吸収することを目的として各種の実験炉,動力試験炉,動力炉等を輸入し,すみやかに技術水準の向上を図ることとする。なお,最終的に国産を目標とする動力炉は,原子燃料資源の有効利用ひいてはエネルギーコストの低下への期待という見地から,増殖動力炉とする。


当時の原発をめぐる情勢は、二度の原爆とビキニ環礁水爆による被曝の問題で、国民的にも政治的にも反米、反核があり、また日本学術会議の慎重論もあったのですが、初代原子力委員長正力松太郎をはじめとする新聞、テレビ、イベントによる宣伝効果も相まって、米国調査団の推進の結論を持って、商機を狙う経団連等の産業界と利益合致したことがうかがわれました。



佐藤英幸
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