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感情をもう少し考えてみると

>怒りや悲しみがすべて、個人発とはいえないような気もする。(117052)

感情的という言葉は、おおむね否定的に使われますが、感情(動物の場合は慣例から情動といっていますが)そのものは、活力のある状況を作り出すとか、適応上重要な記憶を強化するなど、生物の適応機能として必要なものだと思います。

その中でも、アドレナリンが分泌されたときにおこる、怒りと言う感情は否定的に捉えられがちです。しかし、動物が敵に襲われたときに危機を突破する際や、人間が共認を破壊する輩に遭遇したときに、それを排除するために生起する怒りの感情は、個体や集団にとって適応的で、無くてはならないものだと思います。

逆に否定されるべき感情とは、感情による攻撃性が、集団を破壊に導いたり、みんなの充足を妨げたりする場合です。ところで、自我やそこから導かれる価値観念により生起した怒りの感情は、他者否定を前提としています。

そのため、同じアドレナリンが介在しても、自分の評価等の危機でしかなく、他の多くの人を適応や充足に導くことはできません。この非適応的な感情の代表格が『好き嫌い』だと思います。感情論とは、このような感情に支配された論理ということではないでしょうか?



本田真吾
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