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ダイオキシン問題の歴史③(1990年~)

(1990年~)(リンク参照)
1990年(日本)NHKごみ焼却処理場からのダイオキシン発生に関する報道
1990年(日本)「ダイオキシン類発生防止等ガイドライン検討会」設置
1990年(日本)「ダイオキシン類発生防止ガイドライン」
1991年(日本)都市ごみ焼却におけるダイオキシン問題に関する京都会議
1992年(日本)環境庁が紙パルプ工場に係るダイオキシン類対策の推進について関係団体に要請
1995年(日本)厚生省が「ダイオキシンのリスクアセスメントに関する研究班」を設置
1996年(日本)環境庁がダイオキシン検討会を設置
1996年(日本)当面の耐容一日摂取量(TDI)として10pg-TEQ/kg/dayを提案する中間報告がとりまとめられた(厚生省)
1996年(日本)厚生省が「ダイオキシン削減対策検討会」を設置
1996年(日本)厚生省が「ごみ焼却施設からのダイオキシン排出実態等総点検調査」を通知
1996年(日本)厚生省が「ごみ焼却施設からのダイオキシン削減対策中間報告書」を通知
1996年(日本)健康リスク評価指針値として、5pg-TEQ/kg/dayとする中間報告(環境庁)
1997年(日本)厚生省が「ごみ焼却施設からのダイオキシン削減対策」(ダイオキシン類削減対策)を通知
1997年(日本)所沢市で「ダイオキシンを少なくし所沢にきれいな空気を取り戻すための条例」制定
1997年(日本)厚生省が「ごみ焼却施設からのダシイオキシン排出実態等総点検調査」について、年度末までに報告があった1150施設全リストを公表
1997年 (日本)厚生省が、全国のごみ焼却施設について、未発表分のうち5月末までに報告のあった351施設について排出されるダイオキシン濃度・施設名を公表した。
1997年 (日本)厚生省が、全国のごみ焼却施設について、未発表施設について追加公表した。
<年表おわり>


様々な事例があり、それに対する各国での対応がされています。ダイオキシンそのものが有毒であることは疑いの余地がありません。被爆量によっては人体に大きな影響を及ぼします。

しかし現代の社会問題は、必ずしもダイオキシンと直結しない問題が多くあるようです。
燃焼するもの全てからダイオキシンが生成されます。
農薬や焼却場での燃焼による生成が、主要な悪玉として扱われていますが、「自然の摂理から環境を考える」での<リンク>の通り、ダイオキシン問題そのものが市場原理に飲み込まれ、問題の本質が置き去りとなっていることも現実です。

現代の本当の問題は、我々の身の周りに存在するダイオキシンがどの程度有害なのかを解明することです。そして、有害ならば何をすべきか。歴史的事実を検証しながら、明らかにする必要があります。



熊澤敬輔
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日本国憲法違反四権癒着共謀国家叛逆外患罪内乱罪政府(3)奇形司法(&奇形立法)

世界送信先
ホワイトハウス
ロシアsptnkne.ws/bU2m 
イランparstoday.com/ja/news/iran-i14617
国内送信先
内閣官房www.kantei.go.jp/jp/forms/cas_goiken.html
首相官邸www.kantei.go.jp/jp/forms/goiken_ssl.html
人事院www.jinji.go.jp/goiken/index.html
財務省www.mof.go.jp/financial_system/feedback/index.htm 同上国税庁www.nta.go.jp/suggestion/iken/information_form.html
電子政府www.e-gov.go.jp/policy/servlet/Propose
国会事故調 press@naiic.jp
日本銀行www.boj.or.jp/about/services/contact.htm
経団連 webmaster@keidanren.or.jp
国内公器・高校大学企業等多数

さて我が大和民族同朋沖縄県民をかくも苛酷な米軍隷属弾圧ファシズム下に追い遣るものは、日米地位協定である。
日本政府が日米地位協定を墨守しているために、在日米軍属は外交官並みの治外法権が適用されて、彼等がいつどこで日本の法律を全て破っても何の責任も問われないのである。

日米地位協定は「何人も法の下に平等である」と謳った日本国憲法違反である。国際法にも人権法にも違反している。

それをなぜ立憲法治国家日本国政府が愚の如く墨守するのかと云えば、1959年最高裁『砂川判決』がその根拠である。

https://www.facebook.com/notes/%E9%99%A3-%E5%9F%8E%E5%A4%AA%E9%83%8E/%E7%A0%82%E5%B7%9D%E5%88%A4%E6%B1%BA%E3%81%A8%E9%9B%86%E5%9B%A3%E7%9A%84%E8%87%AA%E8%A1%9B%E6%A8%A9/588025924629065

・・・砂川判決はWikiの情報を転載すると下記のものだ。

砂川判決:
「憲法第9条は日本が主権国として持つ固有の自衛権を否定しておらず、同条が禁止する戦力とは日本国が指揮・管理できる戦力のことであるから、外国の軍隊は戦力にあたらない。したがって、アメリカ軍の駐留は憲法及び前文の趣旨に反しない。他方で、日米安全保障条約のように高度な政治性をもつ条約については、一見してきわめて明白に違憲無効と認められない限り、その内容について違憲かどうかの法的判断を下すことはできない」(統治行為論採用)

これから言えば、「日本国が指揮・管理できない戦力」は日本国の戦力として認められない。
「集団的自衛権」により米軍の指揮下に組み込まれた自衛隊の戦力は、「日本国の指揮・管理下に完全に留まる」とは言えない。
だから、この判決からでは、集団的自衛権の行使は容認されない。

第一、この砂川判決自体、一審の伊達判決を翻した政治的な判決である。
伊達判決:
「日本政府がアメリカ軍の駐留を許容したのは、指揮権の有無、出動義務の有無に関わらず、日本国憲法第9条2項前段によって禁止される戦力の保持にあたり、違憲である。したがって、刑事特別法の罰則は日本国憲法第31条(デュー・プロセス・オブ・ロー規定)に違反する不合理なものである」と判定し、全員無罪の判決を下した(東京地判昭和34.3.30 下級裁判所刑事裁判例集1・3・776)ことで注目された(伊達判決)。


日本国憲法のもとでは、この判決の方がより憲法の精神に沿っている。

「在日米軍の駐留は合憲か!」あらためて伊達判決を見つめよう ―砂川事件裁判記録―

 1955年に始まった米軍立川基地拡張反対闘争(砂川闘争)で、1957年7月8日、立川基地滑走路の中にある農地を引き続き強制使用するための測量が
行われた際に、これに抗議して地元反対同盟を支援する労働者・学生が柵を押し倒して基地の中に立ち入りました。この行動に対し警視庁は2ヵ月後に、日米安保条約に基づく刑事特別法違反の容疑で23名を逮捕し、そのうち7名が起訴され東京地裁で裁判になりました。1959年3月30日、伊達秋雄裁判長は「米軍が日本に駐留するのは、わが国の要請と基地の提供、費用の分担などの協力があるもので、これは憲法第9条が禁止する陸海空軍その他の戦力に該当するものであり、憲法上その存在を許すべからざるものである」として、駐留米軍を特別に保護する刑事特別法は憲法違反であり、米軍基地に立入ったことは罪にならないとして被告全員に無罪判決を言い渡しました。これが伊達判決です。
 この判決に慌てた日本政府は、異例の跳躍上告(高裁を跳び越え)で最高栽に事件を持ち込みました。最高裁では田中耕太郎長官自らが裁判長を務め同年12
月16日、伊達判決を破棄し東京地裁に差し戻しました。最高裁は、原審差し戻しの判決で、日米安保条約とそれにもとづく刑事特別法を「合憲」としたわけで
はなく、「違憲なりや否やの法的判断は、司法裁判所の審査には原則としてなじまない。明白に違憲無効と認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外の
ものであって、右条約の締結権を有する内閣および国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的判断に委ねられるべきものである」として自
らの憲法判断を放棄し、司法の政治への従属を決定付けたのです。そしてこの判決の1ヶ月後の60年1月19日、日米安保条約の改定調印が行われ、現在まで
つながっているのです。
http://www.jicl.jp/hitokoto/backnumber/20111209_01.html

それを「統治行為論」を採用した数少ない判決で無効にしている。裁判所の一種の逃げか職務放棄だ。
統治行為論:
国家統治の基本に関する高度な政治性”を有する国家の行為については、法律上の争訟として裁判所による法律判断が可能であっても、これゆえに司法審査の対象から除外すべきとする理論のことをいう。裁判所が法令個々の違憲審査を回避するための法技術として説明されることが多いが、理論上は必ずしも憲法問題を含むもののみを対象にするわけではない。

砂川判決を下した最高裁判所裁判長・田中耕太郎長官とアメリカとの密約が、アメリカ側の公文書開示で明らかになっている。

砂川事件最高裁判決の「超高度の政治性」――どこが「主権回復」なのか


2013年4月15日
http://www.asaho.com/jpn/bkno/2013/0415.html

4月7日、仕事場で原稿書きしていると、NHK社会部記者から、砂川事件最高裁判決をめぐる秘密文書が米国立公文書館で発見されたというメールが届いた。記者が、かつて「直言」で取り上げたNHKスペシャル「気骨の判決」(大審院の鹿児島2区翼賛選挙無効判決)を制作した方だったこともあって、こちらから電話をかけて取材に応じた。

 実は5年前、同じような資料が発見され、それに私も関わったことがある。それは、米軍立川基地をめぐる砂川事件で、米軍駐留を憲法9条違反とした
東京地方裁判所判決(伊達判決、1959年3月30日)が出された翌日、マッカーサー米駐日大使が藤山愛一郎外相と会って、最高裁に跳躍上告することを示
唆したこと、大使は田中耕太郎最高裁長官にも会って、田中長官が「少なくとも数カ月で判決が出る」と語っていたことを示す極秘公電だった。当時は共同通信
から資料送付を受けてコメントを出し、この直言でも詳しく論じた(「砂川事件最高裁判決の仕掛け人」)。5年前の文書は、3月31日と4月24日の公電だったが、今回発見されたのは、8月3日付の公電である。つまり、田中長官が「少なくとも数カ月」と述べてから4カ月あまり経過して、その後の事情の変化を反映した形になっている。

 今回の文書により、田中長官が上告審公判前に、駐日米公使と非公式に会い、判決期日や一審判決を取り消す見通しなどを「漏らしていた」(『毎日』
の表現)ことが明らかになった。この文書は、布川玲子氏(元山梨学院大教授)が開示請求をして入手したもの。在日米大使館から国務長官宛の公電(発信日、
1959年8月3日)で、ウィリアム・レンハート首席公使に田中長官が述べた話が報告されている。長官が語った話のポイントは4つ。(1)砂川事件最高裁
判決は12月に出ること、(2)争点を法律問題に限定すること、(3)口頭弁論は9
月初旬から3週間で終えること、(4)裁判官全員一致の判決をめざし、世論を混乱させるような少数意見を避けること、である。

 実際の公判期日は1959年8月3日に決まり、9月6日から6回を指定し、18日に結審。12月16日に一審判決を破棄・差し戻し、判決は全員一
致だった。米公使に語った通りになっている。公使がこれを書いた日付が7月31日なので、田中長官にはそれ以前に会っていたことになる。「共通の友人宅」
での会話とあるので、29日の土曜日か30日の日曜日に会って、31日(月曜日)に起案したと見るのが自然だろう。事件が大法廷に回付されることが発表さ
れるのは8月3日だから、日本国内に向けてマスコミ発表する前に、米国に伝えていたことになる。

砂川判決のポイント:
(1) わが国は主権国家として自衛権は否定されておらず、憲法の平和主義は無防備、無抵抗を定めたものではなく、防衛力の不足を補うため、他国に安全保障を求めることは憲法上禁じられていない。
(2) 憲法9条2項が禁止する戦力とは、わが国が主体となって指揮権、管理権を行使するものをいい、外国の軍隊は、わが国に駐留するとしても、ここでいう戦力に該当しない。
(3) 日米安保条約のような高度の政治性を有するものに対する違憲か否かの判断は、司法裁判所の審査には原則としてなじまず、一見極めて明白に違憲無効と認められない限り、裁判所の司法審査権の範囲外にある。
(4) 安保条約に基づく合衆国軍隊の駐留は、憲法9条、98条2項、前文の趣旨に適合こそすれ、これらに反して違憲無効であることが、一見極めて明白であるとは、到底認められない。


田中長官にとって、ちょっと危ない存在だったのは、3人の裁判官の「意見」である(補足意見とも、反対意見とも書いていない)。まず、小谷勝重裁判官であ
る。主文には同調しつつも、条約に対して「一見極めて明白に違憲無効」と認められるもの以外は違憲審査権が及ばないという部分には、明確な反対を表明して
いる。小谷裁判官は、多数意見の上記(3)と(4)の間の矛盾を批判し、「多数意見の一連の判旨には到底賛同し難い」と言い切っている。条約に限らず、法律でも、「高度の政治性を有する」ものは数多くあるとして、また統治行為説にも憲法上賛同できないと断じる。そして、判決が(4)の手前の(3)のところ
で終了して結論を出すべきだったとする。小谷裁判官は違憲審査権の意義を長々と書いた上で、「わたくしは平和の維持と基本的人権の擁護のため、違憲審査権
の健在を祈ってやまないものである」と結んでいる。弁護士出身の裁判官らしい、限りなく反対意見に近い「意見」である。なお、奥野健一(参院法制局長)、
高橋潔(弁護士)両裁判官も、この小谷裁判官と同じ点に着目し、多数意見は論理の一貫性を欠くとして、「違憲でないことを実質的に審査判示している」こと
を鋭く指摘している。

このように、少なくとも3人の裁判官が田中長官の主張に異論を唱えていたことは重要である。しかし、3人とも結論に賛成し、形としては「全員一致」になっ
たため、この鋭い指摘はメディアにもあまり注目されなかった。これで、田中が米公使に語った、世論を「かき乱す」少数意見は出さないという狙いは達成され
たわけである。

 第3に、田中が主導した砂川事件最高裁判決の「超高度な政治性」である。「高度の政治性」のある国家行為に対して司法の抑制的な姿勢を求めなが
ら、自らはアグレッシヴなまでの政治性を発揮している。その点で、未公表だった今回の資料以外の米国立公文書館の資料を分析して、米国側と田中長官とのや
りとりを白日のもとにさらした本がある。末浪靖司『対米従属の正体――米公文書館からの報告』(高文研、2013年)で
ある。その第1章「『米軍駐留』合憲化への工作」には、私が関わった1959年3、4月の文書をはじめ、判決後の反響に至るまで、米国務省が砂川事件の帰
趨に異様な関心を示し、田中とのコンタクトを絶やさなかったことが明らかにされている。ただ、この本で抜けているのが、今回の8月3日の公電で、それが明
らかになったわけで、本書と照らし合わせて読めば、今回の資料の位置づけは明確になると言えよう。

 それにしても、この最高裁判決の「超政治性」は、判決を米国がどう見ていたかによってより鮮明になる。判決が出た翌12月17日の公電でマッカーサー大
使は、田中の手腕と政治的資質を称賛している。大使館から国務省への航空書簡(1960年10月4日)には、砂川事件一審判決によって引き起こされ「米軍
基地に対する脅威」は、「全員一致の最高裁判決によって除去された」とある(末浪・前掲書)。
 米国にとって、安保条約改定は、米軍基地を確保するための重要な「作戦」だった。その意味で、田中耕太郎を獲得するため、どれだけの時間と金を
使ったかを、本書は暴いている。ロックフェラー財団が田中と密接な関係を保ち、米国に招待し、人的な関係を築いてきたことが、米国務省資料によって明らか
にされている。「共通の友人宅」云々の表現も、この長年にわたる米国務省による田中シフトの一環と言えよう。
米国は、自国の国益、特に米軍基地確保のためには、何でもやる。これは、沖縄米軍基地をめぐっても、TPPをめぐっても繰り返されている。

対米従属を決定づけた砂川判決でさえ認めていない「集団的自衛権」を、当時含まれていたはずとして強引に強硬突破しようとする自民党の暴走は。止めなければいけません。
・・・

↑↑↑

転載部分が長文過ぎたが、要するに砂川判決は明らかに日本国憲法に違反している。

伊達判決や小谷奥野高橋意見を見るまでもない。

日本国憲法第6章司法

第76条3 すべて裁判官は、(1)「その良心に従ひ」独立してその職権を行ひ、(2)「この憲法及び法律にのみ拘束される」。

第10章最高法規

第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、(3)「この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」。

日本国憲法前文
・・・
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
・・・
前文に書かれた万国万民共通の「道徳」がすなわち人間としての(4)『良心』である。

この如く、日本国憲法は万民共通の『良心』を政治を含めて勤労納税主権者国民すべての行為の源泉とする、仏心菩薩行庶民が君主の三宝帰依仏法憲法なのである。


以上(1)(2)(3)(4)により、砂川判決を「良心に従って」「この憲法と法律にのみ拘束されて」下さずに、憲法違反で国際法違反の吉田茂が米軍基地で単独調印したアメリカとの密約「日米安保条約」に「従って」砂川判決を下した『司法公僕』最高裁長官田中耕太郎において、日本国憲法最高法規第99条違反があきらかであり、これは内乱罪犯人である。

憲法99条違反内乱罪犯人が下した砂川判決も自動的に憲法98条が適用され、重大な違憲犯罪判決である故に、砂川判決当時に遡ってそれ以来砂川違憲判決を墨守してきた全ての最高裁判決を全部無効として、日本国憲法の名においてすべて破棄されるのである。

これが勤労納税子育て仏心道徳良心国民主権者を国家君主とする立憲法治国家日本国の「日本国憲法」である。

この日本国憲法に違反する砂川判決以降の全ての「良心と日本国憲法に従わないでただ日米密約安保条約と日米地位協定にしたがう最高裁判決」が憲法98条によって無効となるとき、当然の理として憲法98条に従わない日米安保条約と日米地位協定も日本国君主勤労納税子育て国民主権者の代表公僕立法府国会議員は国会において批准停止条約破棄決議を行わなければならない。

日本国憲法第10章最高法規

第98条2 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

日本国憲法第4章国会

第41条 国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

第51条 両議院の議員は、議院で行った演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

第62条 両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。

・・・・・・・・・・・・・・・

憲法には国会議員が政党を作って良いとは一言も書いていない。政党に属する者も属さぬ者も、国民が正当な選挙で選んだ国会議員はそれぞれ独立対等であり、その議決投票権はいかなる外部からの干渉もうけてはならず、ただ国民君主から選ばれた自分の良心と憲法に従って投票する憲法責務があるのは、憲法99条の条文により明らかである。

すなわち国会審議の末の決議投票において、党議拘束をかけて国会議員の投票を左右すれば紛う方無き憲法違反であり、違憲の党議拘束を掛けた党首は直ちに国会議員資格を失い刑法の下内乱罪で裁かれる。

また、法案動議に人数の縛りをかける国会法も違憲である。
日本国憲法のもと、立法府国会においては前記のとおり独立不羈の国会議員は、帝国議会衆議院代議士田中正造の如く、衆議院議員田中角栄の如く、衆議院議員石井紘基の如く、たった一人で全ての法案立法動議を発することが出来るのである。

同時に政党助成金も憲法違反であることは論じるまでもない。直ちに廃法して全額国庫へ返納せよ。

日本国政府三権公僕公務員は、全員がその良心と日本国憲法に従い、24時間365日一瞬も休むことなく公務員職務すなわち公務に専念し、粛々と不惜身命憲法15条公務執行せよ。

而うして、憲法最高法規第99条に従って日本国君主勤労納税子育て主権者国民へ一意専心奉仕し、仏心君主大光王国民から課された三宝帰依慈悲布施仏法日本国憲法を擁護し遵守する公僕公務員の神聖な責務ノブレスオブリージェを果たすがよい。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

四正勤

これから起ころうとする悪は、起こらない先に防ぐ。
「悪を予防するFluワクチン皮内接種」

すでに起こった悪は、断ち切る。
「悪を断ちきる断捨離NHK解体廃棄」

これから起ころうとする善は、起こるようにしむける。
「竹箒塵取和顔愛日本語 masa-ho@sky.icn-tv.ne.jp フルオープンCCネット口コミ三宝帰依活動」

すでに起こった善は、いよいよ大きくなるように育てる。
「三宝帰依仏心仏法日本国憲法を地球憲法にしましょう」

拈華微笑 不二院顧心正顔居士 ほうがくしょうげん豊岳正彦拝

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