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「好き嫌い」をイデオロギーで武装した狂信者たち

単なる「好き嫌い」に過ぎない感情論がまず過剰な要求へ、そしてさらにエスカレートしてファシズムに行き着く過程には、普遍的構造があると感じています。

 例えばナチスドイツがユダヤ迫害を声高に叫ぶことができたのも、それを一種の『正義』だとイデオロギー的に盲信していたからです。つまり、「好き嫌い」を強固にイデオロギー(=観念)で武装した狂信的なイデオローグが登場し、それを「行き過ぎだ」と感じる人も正面からそれを論破できない限り、いつの間にか付和雷同してしまい、文字通りの集団ヒステリー(=ファシズム)の土壌が形成されます。

 現代の嫌煙運動も『権利』や『個人』という観念を拠りどころとして「好き嫌い」発の一方的な要求・主張を押し通し、喫煙者はもちろん「おかしい」と感じる人たちの声もこれまでは封じられてきました。これは最早立派なファシズムです。

 今私たちが鮮明にしなければならないのは、「単なる好き嫌いも狂った観念で武装しイデオロギー的盲信状態に陥ればいとも簡単にファシズムに行き着く」という認識だと思います。そしてこれは、仮にタバコひとつであっても決して見過ごしてはならない問題であり、嫌煙論者の言い分がまかり通っていくようなファシズムを許容していては、共認原理の社会へのスムーズな移行は望めないということです。

土山惣一郎
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